繊維学とその基礎学問領域の成果を研究報告書、書籍発刊、講演会など
の啓蒙活動によって広めるとともに、当財団が維持管理する国登録有形
文化財「衣笠会館」の一般公開事業を行う。
学術講演会の開催
令和元年度秋期学術講演会
日時 : 令和元年10月20日
場所 : 京都アスニ- 5階 第7研修室
京都市中京区丸太町七本松通西入
講演者 : 齋藤 準 京都工芸繊維大学 准教授
京都産野蚕の資源活用
[講演要旨]: 昆虫は4億年の進化と環境適応の過程で様々な生存戦略を開発し、
地球上で100万種を超えるまでに繁栄している。多様な昆虫種でみられる形態や
色彩に関わる生態的特性は大変興味深い。家蚕(カイコ)は人類が唯一家畜化した
昆虫であるが、それ故に多くの野性的な生態的特性が失われている。一方、野生
絹糸昆虫を総称して野蚕と呼ぶが、その生態は多種多様で生息環境に上手く適応
した生存戦略がみられる。野蚕の中心的存在であるヤママユガ科は世界各地に生
息しており、79属約1,400種が知られている。それらの色彩は幼虫から成虫に至
るまで特徴的なものが多く、特に繭の形状や色彩は非常にバリエ-ションに富ん
でいる。これまでヤママユガ科幼虫を中心に体色に関与する色彩関連物質(色素
と色素結合タンパク質)に焦点をあてて、色素結合タンパク質の生合成系と生理機能の解明を進めてきた。
野蚕の幼虫の体液や皮膚でみられる緑色は、植物に由来するカロテノイド(黄色)と体内で合成されるビリ
ン系色素(青色)が様々な割合で混ざり合うことで形成されている。青色のビリンビリン系色素はビリベルジ
ンIX、フォルカビリン、サ-ペドビリンなどが知られており、これらの色素はタンパク質と結合することで
体色発現などの生理機能をはたしている。エリサンの幼虫体液では2種類のビリベルジン結合タンパク質(B
BP-I、BBP-Ⅱ)が生存し、BBPはいずれも真皮細胞で合成され体液やクチクラに分泌される。一方、野蚕の
繭のシルク利用は一部の種にとどまり、多くの種では未利用である。また、それらの繊維に含まれる有用成
分については未解明な点が多い。最近、野蚕の繭から抽出された色素に有用な機能性の存在が明らかにされ、
染料、着色料、紫外線カット剤ならびに抗酸化剤などとしてその活用が期待されている。日本全国に生息する
ヤママユやウスタビガの繭は鮮やかな黄緑色を示す。これらの種では営繭場所により繭の色調に変化がみられ、
その発現にはビリン系色素の関与が知られている。天然素材として野蚕類の繭には有用成分が含まれることか
ら、繊維および非繊維に関わらず食品から医薬品まで幅広い分野での活用が期待される。
京都産野蚕の活用の一環として、2011年4月に北山の自然の中でヤママユの飼育を通じて生き物とふれあい、
身近な環境を大切にする心を育てることを目的で、「京都北山やままゆ塾」を開塾した。活動内容は、①北山の
自然に親しみ、環境をみつめる。②ヤママユなどの虫たちを育てることで生命の大切さを知る。③環境を守る気
持ちと地域コミュニケ-ションを育み、豊かな未来につなげる環境教育研究を展開することである。ヤママユの
飼育を通じて身近な自然環境の大切さを学ぶ活動を広げるために積極的に取り組んでいる。京都市では、「環境
共生と低炭素のまち・京都」の実現に向け、地球温暖化防止や循環型社会の形成、生物多様性保全等の環境保全
に貢献する活動を積極的に実践している市民や事業者を表彰することで、環境に関する市民の関心を高め、様々
な実践活動のさらなる推進を図っている。昨年、「京都北山やままゆ塾」が、平成30年度(第16回)京都環境賞の
奨励賞を受賞した。
京都に生息する野蚕は守るべき存在であり、大切な遺伝資源としても極めて重要である。今後も京都産野蚕を
資源として、天然成分である色彩関連分子の機能利用から環境教育まで幅広い視点で活躍を進めたい。
令和元年度春期学術講演会
日時 : 令和元年5月25日
場所 : 公益財団法人 衣笠繊維研究所 2F 集会室
1.講演者 : 内丸 もと子 滋賀県立大学 非常勤講師
演題:色をべースにした繊維リサイクルシステムに関する研究
要旨:現在、日本における繊維製品のリサイクル率は極端に低く、繊維廃材全体の20%位であると報告されている。
しかし、繊維廃材の有効なリサイクル方法はまだまだ不足しているのが現状である。そこでこの研究では、繊維のリサ
イクル率向上と一般の製品にも使用可能なより魅力的な素材及び製品作りのため、素材分別や分離が難しい繊維廃材を,
色により分別してリサイクルする ”カラーリサイクルシステム” を提案し、その可能性を追求した。このシステムが確立
されると、種々の繊維廃材は反毛にしてカラフルなフェルトやヤーンに、粉砕すれば顔料にすることも可能となり、繊
維廃材の用途が大幅に広がることが期待できる。
また“カラーリサイクルシステム“の考えに基づいた有効なアップサイクルとして、繊維廃材を強化材として用いたカラ
フルな廃棄繊維強化プラスチック(WFRP: Waste Fiber Reinforced Plastic)としての用途が考えられる。そこで強化素
材として用いた繊維の色と成形したWFRPの表面色の関係を明確にして、実際のプロダクト開発への道筋を示した。
この研究の成果により、繊維廃材が魅力的な素材へと生まれ変わることを示すことができ、持続可能な社会に向けて社
会的意義を持つものと思われる。
2.講演者 : 田茂井 勇人 田勇機業株式会社 代表取締役社長
演題:織物強化複合材料の力学的特性に及ぼす撚りおよび構造の影響
要旨:本研究では、日本の文化の象徴である着物に使用されるちりめんの織構造を着目した。ちりめんの緯糸は、強撚
糸と撚りの数の少ない弱撚糸により構成されている。その撚りの数の違いが繊維構造を変化させた繊維構造ハイブ
リッド織物であるため、今までに見出されていない機能や特性を有する可能性や新しい材料設計の手法としての応
用も考えられる。特徴的な技術である撚糸と製織技術を応用した織物を強化基材として使用した繊維構造ハイブリ
ッド織物複合材料の力学的特性に及ぼす撚糸の影響、および他の繊維を併用した繊維物性ハイブリッド織物複合材
料の力学的特性に及ぼす撚糸の影響を明らかにすることと、更に多層構造織物を製織し複合材料としての力学的特
性を明らかにすることを目的とし、種々実験、検討を重ねた結果、繊維構造ハイブリッドの概念を炭素繊維織物複
合材料に活用することで、複合材料の材料設計の最適化や破壊の制御に役立つものと考えられ、工業的にも応用分
野の広い概念となることを示唆することができた。